「ちろり」

ホウキギ 02

 「世間(よのなか)はちろりに過ぐる、ちろりちろり」。室町時代にはやった歌謡を集めた「閑吟集」に、こんな小歌がある。世の無常を歌っているのだが、一瞬の動きを表す「ちろり」というのが面白い▲形あるものが生まれ、また崩れ去るのもしょせん「ちろり」の間だ。ただそれも0.0003秒の間のことといわれると、「ちろり」も何も絶句するしかない。さきごろ理化学研究所が発表した日本人初の発見になる新種の元素の話である▲発見されたのは亜鉛ビスマスという元素の原子を衝突させて出来た陽子数113個の新元素だ。ただ寿命は1万分の3秒、確認したのは1個というから素人は「そんなのでいいの?」と心配してしまう。だが国際的に認められれば、研究所や国名にちなんだ「リケニウム」「ジャポニウム」などの名をつけることが出来る▲ゲルマニウムアメリシウムフランシウムなど、国名を冠した元素はいくつかあるが、前世紀の初めには「ニッポニウム」という元素が周期表にのったこともあった。東北帝大総長をつとめた小川正孝博士が43番元素として発表した元素である▲残念ながらこの「発見」は後に誤りと分かる。が、吉原賢二さんの「科学に魅せられた日本人」(岩波ジュニア新書)は、結果的に失敗したニッポニウム研究に生涯をかけた博士の科学者としての誠実に共感を寄せている。ちなみにニッポニウム命名は恩師のノーベル賞化学者ラムゼーのすすめによるものだった▲小川博士は、新元素発見が何か実用の役に立つのかを問われ、答えている。「いや、つまるところ煮ても焼いても食えないものですな」。発見は1世紀近い時を経て後輩によって成し遂げられたが、なるほど煮る間も焼く間もなさそうである。
(余録)