2004-10-01から1ヶ月間の記事一覧

秋風秋雨、人を愁殺す

秋の心を愁といい、古来、秋には憂愁がつきまとってきた。とりわけ秋の雨は心を重くし、今年の秋雨は、ひときわ憂いを誘う。 この言葉はあまりに鋭すぎるだろうか。「秋風秋雨、人を愁殺す」。清に対して革命を企てたとして1907年、33歳で刑場に散った…

神はサイコロを振らない

「神はサイコロを振らない」とはアインシュタインの言葉だ。彼は、原因と結果の関係は確率的にしか分からないという量子力学の考え方に反対し、この言葉を繰り返した。神が意図しない偶然は、この世に存在しない。そんな彼の宗教的信念でもあった▲この天才に…

山古志村

越後路を旅する八犬士のひとり、犬田小文吾は神事「牛の角突き」を見物した。曲亭馬琴は「南総里見八犬伝」に、「実に是(これ)、北国中の無比名物、宇内(みくにのうち)の一大奇観なり」(岩波文庫)と記している。国の重要無形民俗文化財に指定されたそ…

聞く人の心の地獄に、立ちすくむ

広大無辺にして、花あり、緑あり、潤いに満ちた人生を――という両親の祈りに包まれて、この世に生を受けたのであろうに。みずからと同じ名前をいただくみどりごに、ふるさとの大地が与えた運命は、冷たく、むごい。生後二か月の樋熊(ひぐま)大地ちゃんは、…

おにあーそぼ

「なぜ 風は/新しい割ばしのように かおるのだろう」。詩人川崎洋さんの詩「なぜ」の一節である。なぜ、海は色を変え、人はひとりの人を愛するようになり、涙はうれしい時にも出るのだろう◆いくつもの「なぜ」のあと、詩は結ばれている。「人はなぜ/いつの…

平成の台風ラッシュ

比叡山の東塔にあった巨大な鐘が大風に飛ばされ、転がる先の僧坊を壊しながら谷底に落ちていったという話が「今昔物語」にある。永祚(えいそ)元(989)年8月13日とあるから、気象史上に名高い平安時代最大の台風の時らしい▲この折、宮城や寺社の多く…

海水で車が燃えた

また大型の台風23号だ。これでことしの上陸は十個目。東京都心では十月の雨量が二十日正午で五八一ミリを超え、観測史上最多となった。平年の三倍に達し、まだまだ更新しそうだ▼おかげで西武ドームで予定の日本シリーズ第4戦は順延された。第3戦は満塁本…

世事見聞録

いつの世にも社会の裏側を知り悲憤慷慨(ひふんこうがい)する人がいる。文化年間というから今から200年ほど前、江戸時代も爛熟(らんじゅく)期に武陽隠士(ぶよういんし)の匿名で「世(せ)事見聞録(じけんぶんろく)」を著した武士もそうした人だ。例え…

里山再生

大阪近郊に暮らす友人に誘われて、秋の実りの収穫に出かけた。予想したより山が深い。「クマ? 大丈夫」。友人は事もなげだ。「イノシシなら出る」。それだって怖い。茂みが鳴るたび、腰が浮いた▲NPO法人日本ツキノワグマ研究所(広島県)理事長の米田一…

ユージン・スミス

水俣病の惨禍を伝えて世界中の人々の心を打った一枚の写真がある。米写真家ユージン・スミスさんが一九七一年に撮影した当時十五歳の胎児性水俣病患者、上村智子さんの湯浴(ゆあ)みの図▼湯船の中で、痩(や)せて硬直したままじっと中空を見据える少女を、…

絶対的弱者を追い込まない努力

『ジャッカルの日』のフレデリック・フォーサイスが久々の長編『アヴェンジャー』(上)(下)(角川書店)を出した。米国を対テロ戦争の泥沼に引きずり込んだ9・11を作家はどうとらえるか。その「答えのひとつがこの作品だ」と訳者の篠原慎さん(本紙十…

集団自殺

「ころは十月十五夜の月にも見えぬ身の上は、心の闇の印かや。今おく霜は明日消ゆるはかなき譬(たとえ)のそれよりも先へ消え行く……」。浄瑠璃「心中天の網島」の道行名残の橋づくしである。きょう10月14日は、享保5(1720)年にそのモデルとなっ…

二つのロマン

休刊日をはさんだ報道だったが、唐の都・長安(現西安)で日本の青年の墓誌が発見されたという記事を読んで、“二つのロマン”に思いをはせた。一つは異郷の地で志半ばで果てた日本人遣唐留学生の無念の望郷について。 ▼石の墓誌に刻まれた伝記によると「姓は…

滝沢修

劇団「民芸」代表だった俳優で演出家の滝沢修さんが九十三歳で亡くなってから四年になる▼『夜明け前』の青山半蔵、『炎の人』のゴッホ、『セールスマンの死』のウィリー・ローマンの演技は今も語りぐさだが、その私生活はほとんど謎だった。本人が家族以外の…

鈴とクマ

やっかいな問題を考え詰めて少し疲れたとき、今ならコーヒーを一服したり、音楽を聴いて気分をリフレッシュすることになろう。江戸時代の国学者の本居宣長の場合はむろん違う。書斎の柱にかけてある鈴を鳴らしたのだ▲宣長の忌日を鈴屋(すずのや)忌、門人を…

おれおれ詐欺が急増

「キーッ、キーッ」というモズの高鳴きは深まる秋の音だ。しかし、このモズは春先にはウグイスやヒバリ、シジュウカラなど20種類以上の鳥のさえずりをうまくまねる芸達者でもある。秋とはうって変わったソフトな声である▲オオモズの声の録音を使った外国の…

イザベラ・バード

昨日の早朝、久々の強い日差しに誘われて散歩に出た。秋霖(しゅうりん)というには荒々しい前夜までの風雨で、空も町も洗われている。木々の葉先に、しずくが光る。木漏れ日が、きらめく。季節は違うが〈あらたふと青葉若葉の日の光〉を連想した。 芭蕉がそ…

チンギス・ハン

大学でモンゴル語を学んだ当時、司馬遼太郎さんはモンゴル人にとって土を掘るのはタブーだと習ったそうだ。講演で司馬さんはその話を紹介しながら、モンゴル人が遊牧を営む草原は土壌が薄く、一度掘り返すと草が生えにくくなるのだと語っている▲だから遊牧民…

家庭が円満という子供たちの回答

中学生たちの人生に“反抗期”が消えているという調査結果に、しばし考え込んだ親御さんは少なくなかっただろう。教育シンクタンクの「ベネッセ未来教育センター」の調査では、中学生の八割が“親子円満”と回答したという。 ▼親を肯定的にとらえ、家庭が円満と…

火と時間との織りなす物語

日本の各地で産出されてきた木炭が並べられた棚の中から、係の人が、小さな箱を取り出してきた。「日本最古ノ木炭」と書かれている。上ぶたのガラス越しに、細長くて透明な容器が見える。その中には、縦横が1センチほどの黒いかたまりがあった。 箱を展示し…

さらば愛しき女よ

私立探偵フィリップ・マーロウは、強打者ジョー・ディマジオが今日もヒットを打ったかどうか、そればかり気にしている。米国映画「さらば愛(いと)しき女よ」(一九七五年)◆ディマジオは一九四一年に五十六試合連続安打の金字塔を打ち立てた。レイモンド・…

立ち残る神

買った本を開いたとき、製本で切り損ねたのだろう、余分な紙を折り畳んだ不体裁なページに出くわすことがある。この裁断ミスのページを「福紙(ふくがみ)」という◆辞書にも載っている言葉で、日本国語大辞典(小学館)には「紙を重ねて裁つ時、折れ込んだり…