2004-07-01から1ヶ月間の記事一覧

一粒百行

魚を食べるとき、ご飯を一緒に口に含んではいけない。大正生まれの国文学者、故池田弥三郎さんは子供のころ、そうしつけられたと随筆に書いている◆魚に小骨があればご飯も一緒に吐き出すことになる。もったいない、と。「ごはん茶碗(ぢゃわん)には、たべ終…

高度成長という「鉄球」の破壊力

クレーンにつり下げられた鉄球が画面いっぱいに現れ、古い建物を崩していく。記録映画「東京オリンピック」(市川崑監督)は、その場面から始まる◆評論家の川本三郎さんは「東京つれづれ草」(ちくま文庫)*1のなかで、昭和三十年代に身の回りから消えていっ…

「いざ生きめやも」

「風立ちぬ、いざ生きめやも」。堀辰雄の小説「風立ちぬ」で、主人公がつぶやく。フランスの詩人バレリーの「風が起きた。生きねばならない」という意味の原詩を文語調に翻訳している◆国語学者の大野晋さんによれば、これは“誤訳”であるらしい。「生きめやも…

日本人のたたずまい

日露戦争に出征したロシア人将校、ウラジーミル・フォン・タイルは中国東北部で負傷、日本軍の捕虜となって松山市の収容所に移された。知らせを聞いた妻は夫の看病をするために、ロシアの都から日本に旅立つ◆ソフィア・フォン・タイル「日露戦争下の日本」(…

「そんなことはない」

「金なんか邪魔だから、当たったら半分やるよ」。大金持ちを装った宿屋の客、なけなしのお金で富札を買って、宿の主人に大言壮語する。その富札が、なんと千両の大当たり。驚いて宿に帰った客は寝込んでしまう▲古典落語の「宿屋の富」である。宿の主人も動転…

教養主義の没落

教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化 ◇農村的エートス終えんとともに いまでは信じられないかもしれないが七〇年代の前半まで神田の学生街のパチンコ屋で人気ナンバーワンの景品は岩波新書と岩波文庫と決まっていた。パチンコ屋通いの学生でもタマを…

教養主義の限界

60年前、18歳のときに岩波茂雄(岩波書店創業者)に出した手紙が書店内に保存されていた。ベストセラー「清貧の思想」で知られ、先日79歳で他界した作家、中野孝次さんが「これには大いに驚いた」と書いている(「十八歳の自分に逢う」図書03年12…

燕石考

ともに巣から落ちたところを保護され、同じ籠(かご)で育てられていた子スズメが、口移しで子ツバメにえさを与える写真が十四日付の夕刊に載っていた▼窮燕(きゅうえん)籠に入らば雀(すずめ)もこれを助くの図。何とも愛らしい友愛シーンではあった。あの…

「火曜日に席を譲らぬ月曜日はなし」

ロシア人の作家で、最初にノーベル文学賞を受けたのは、イワン・ブーニンだった。日本では、トルストイやチェーホフほど知られていないが、小説「日射病」「暗い並木道」などを残した。 19世紀の末、25歳のブーニンは、10歳上のチェーホフに尋ねられた…

名画に描かれていたイエスの秘密

シオン修道会という、女神崇拝のためキリスト教から異端視される秘密結社がある。いや、実在するかどうかは不明だが、少なくともそれに関する「秘密文書」がパリ国立図書館に所蔵されていた。 中に歴代総長のリストがあり、十二番目にダ・ヴィンチ、十九番目…

「ダ・ヴィンチ・コード」

話題の小説「ダ・ヴィンチ・コード」が面白い。イエス・キリストが実は結婚していて、子供もいたという奇抜なストーリーに加えて、「モナ・リザ」や「最後の晩餐(ばんさん)」などの名画がふんだんにナゾ解きの道具に登場する▲邦訳は2カ月前に出たばかりだ…

幸田文の浴衣

じわじわと暑さが募るこの時期の湿気というものは、世界にも、そうは無いだろうと思う。多少なりとも気分をからりとするために、浴衣の季節到来と考えてみる。 百貨店の売り場を巡ると、浴衣姿の若い売り子が並び、着物に詳しそうな年配の店員も居た。総じて…

逝きし東京の面影

幸田露伴の短編「太郎坊」に、低い空をコウモリが舞う夏の夕べ、一家の主人が庭に打ち水をする場面があった。「甲斐甲斐(かいがい)しくはだし尻端折(しりばしょり)で庭に下り立って、蝉(せみ)も雀(すずめ)も濡(ぬ)れよとばかりに」威勢よく水をま…

片蔭をうなだれてゆくたのしさあり 西垣脩

季語は「片蔭(かたかげ)」。夏の日陰のことで、木陰などより町並みや家々の陰を指す。読んだ途端に、あれっと引っかかる句だ。元気な若者には、理解しにくい句境だろう。といって、私もちゃんと理解している自信は無いのだが……。「うなだれてゆく」のが、…

蔭やどり

東京都心(大手町)で二十日午後、ついに観測史上最高の三九・五度を記録した。日本海側の局地豪雨に都心のヒートアイランド現象。この七月の気象は異常ずくめだ▼午後二時すぎ、山手線のターミナルでは一番暑いとされる新橋駅西口の機関車前広場をのぞいてみ…

柿木畠

金沢の中心部にあって、五番目の旧町名復活となった柿木畠は、お城の中に九師団や七連隊がいた当時、「兵隊通り」とも呼ばれたそうである旅館がたくさん並んでいて、入隊する人たちがその旅館で家族と一夜をともにしたり、あるいは兵営生活を終えて郷里に帰…

六枚町

一年の半分を旅に暮らすという作家の嵐山光三郎さんによると、「いい街」の目安の一つは、豆腐屋が健在なことだ早朝からの大変な仕事は、今も近所の人たちがしっかり支えることによって成り立つ。豆腐屋の消滅は「街の力」が衰えたあかしというから、金沢も…

歴史のある町名

歌人の塚本邦雄さんは少年のころ、京都の義兄に手紙を書くたび、所番地をしたためながら「法悦に近い歓(よろこ)びを覚えた」という(井上ひさし編「ことば四十八手」、新潮社)◆その住所、「京都市伏見区深草極楽町」には金色燦然(さんぜん)の感があった…

異人たちとの夏

東京・銀座を落語のメッカにしようという「大銀座落語祭2004」が有楽町朝日ホールなど六会場で十九日まで三日間の日程で開かれている▼前売りチケットは完売の人気とか。春風亭小朝さんら「六人の会」の主催で、東西、派閥を超えた百人余の噺(はなし)家…

文芸春秋の一人勝ち?

第百三十一回芥川賞・直木賞選考委員会が十五日開かれ、芥川賞にモブ・ノリオさん(33)、直木賞に奥田英朗(ひでお)さん(44)と熊谷達也さん(46)の三人がすんなり決まった▼前回一月は綿矢りささん(19)と金原ひとみさん(20)=当時=の女性…

「弱い善人」が最も嫌いだ

ある新聞社の主催する経済関係の出版文化賞に、経済学者の森嶋通夫氏が内定した。担当者が電話で「おめでとうございます」と受賞を知らせた◆森嶋氏は電話口で答えた。「おめでとうとは受賞が光栄な場合に第三者が使う言葉で、もらって頂けますかと言うべきで…

秘密主義に社員不在と利用者不在

ことしの流行語大賞は「人生いろいろ」で決まりかと思っていたら有力対抗馬の登場だ。「統合」。このところ新聞のニュース面に「統合」の文字が躍らない日がない▼耳新しいところで、在日米軍基地「統合」案。グアムの第一三空軍司令部を廃止して横田基地の第…

時代のコーナーを曲がるのは難しい

尾頭つきの「鯛(たい)の浜焼き」に、ウナギを卵焼きで巻いた「う巻き」。上方落語の「鴻池の犬」に出てくる大阪の両替商・鴻池の飼い犬のエサである。むろん作り話だが、江戸時代の庶民にとって鴻池は巨万の富の象徴だった▲西鶴の「日本永代蔵」に「江戸酒…

ギリシャ人の楽天的な国民性

明治から昭和のはじめにかけて日本人のルーツについての奇説、珍説が相次いで登場した時期があった。その中にはなんとギリシャ起源説というのもある。その説を大まじめに唱えた人物はバイロンやプラトンを翻訳した知識人だったというからびっくりである▲この…

無党派の人々の共感

かろうじて政権維持を果たした小泉首相は国政選挙の怖さを改めてかみしめたに違いない。今後の政局運営について「無党派の人々の共感*1」を強調したが、世論を足場に既得権益に挑んできた指導者が世論を読み誤った結果にもみえる。▼大恐慌後の1933年に米国の…

“岡田若”に「切り返し」を食らってしまった

琴ノ若に投げ飛ばされて裏返しになったが、物言いがついて同体。取り直しの結果、切り返しで朝青龍の勝ち。大相撲名古屋場所八日目結びの一番だ▼その直後、午後六時段階の調査で投票率は伸び悩み、自民、民主大接戦の予測が出た。まるで相撲だ。事前の世論調…

国の壁

ダブルのスーツに身を包み、アタッシェケースを持つジェンキンスさんは、欧米のビジネスマンのように見えた。あれ、と思ったのは、出迎えた人と握手した時である。 差し出した右手の手首の近くに、左手を添えた。韓国でよく見かけるしぐさで、礼儀作法の一つ…

それぞれの人生の物語

「お盆の買い物に行く」。そう言って曽我ひとみさんと母親のミヨシさんが近所の雑貨店に買い物に出たのは26年前の8月12日の夕方だった。もしこの時外出しなかったら、曽我さん母子はどんな人生を送っていただろう。誰よりも、曽我さん自身が何度も繰り…

胡蝶の夢

荘子は夢でひらひらと舞う胡蝶(こちょう)になった。楽しくて心地よく、もう自分が荘子であるのを忘れていた。ふと目がさめると、自分はもとの荘子である。さてさて荘子が夢で胡蝶になったのだろうか、それとも胡蝶が夢で荘子になったのか▲中国古代の思想家…

バスラーの白い空から

地球上で観測された1番高い気温は58.8度、玉露茶の適温だそうだから想像を絶する。記録したのが1921年の今日、イラク南部の港町バスラだった。▼「バスラーの白い空から」*1と題した本がある。元トーメン取締役佐野英二郎氏の遺文集で、その「清冽(せいれつ…