2004-11-01から1ヶ月間の記事一覧

島田正吾

明治維新の風雲に出合いながらも、志を得られずにむなしく故郷に引っ込んで漢学塾を開いていた老人。「こういう人物に限って変物(かわりもの)である、頑固である、片意地である、尊大である、富岡先生もその一人たるを失わない」とは国木田独歩の「富岡先…

日記

「まさか、日記帳までが無くなる世の中になろうとは思わなかった…」。喜劇役者の古川ロッパ氏は一九四四年(昭和十九年)元日の日記にそう書いている。 書店の店頭から日記帳が姿を消した。「私は日記をつけるために生きている。貧乏も日記のサカナだ」と語…

日本の季節感は重層的である

銀杏(いちょう)の黄落は木枯らしに吹き飛ばされることもなく、小春日和の光を浴びて大地を染めている。庭先や軒下の菊も、けなげに咲き残る風情とは少し違う。暖かい晩秋が続いて、東京の初霜は例年より遅れ、残菊を際立たせる霜枯れの背景はまだ見られな…

酉の市

「此(この)年三の酉(とり)までありて中1日はつぶれしかど前後の上天気に大鳥神社の賑(にぎわ)ひすさまじく」(『たけくらべ』)。樋口一葉がそう書いた年と同じように、東京の下町に冬の到来を告げる今年の酉の市はこの週末三の酉を迎えてにぎわう。 …

関係存続の契約

「いつも一緒にいよう」「あなたと人生最大のギャンブルがしたい」。少子化の要因とされる若者の晩婚化や非婚化に歯止めをかけようと、奈良県が募った「あなたのプロポーズの言葉」に全国から3600件を超す作品が寄せられた。 かつては「一緒に苦労しないか」…

携帯は下手なままでいます

路地を歩いていた。先の方の四つ辻に、子犬を連れた男性が立っていた。こちらから見て右を向き、誰かと話している。相手の姿は角の家に隠れて見えない。やがて辻に近づき右手を見ると、そこには誰もいなかった。死角になっていた男性の左の耳もとに携帯電話…

天高く馬肥ゆる秋

中国の故事が日本に伝わり、本来の意味とは違った用いられ方で定着した慣用句がいくつかある。辺境から異民族が馬で襲来する季節に、迎え撃つ側が警戒を呼びかけた「天高く馬肥ゆる秋」は、なかでも知られている。 血なまぐさい緊張感をきれいに洗い落とし、…

歴史を刻む墓碑

時に、公園のような広い墓地を通る。桜の開花、枯れ葉の舞、そして静かな冬枯れと、季節につれて木々の表情は大きく変わる。変わらないのが墓石だが、中には、崩れたり、欠けたりしている墓もある。墓場は、忘れられない人と忘れられた人を抱いて、時を重ね…

キノコの正体

「こっそり秘密の物を見付けた心躍りといったが、きのこはなんとなく遥かな気分をもたらすのである」。山からキノコを採って帰るときのことを、歌人の前登志夫さんがそんなふうに描いている(「月夜茸」)。 宝物を掘り当てたような高揚である。美味、しかし…

容貌愚なるが如し

明治の初め、西洋の文明国を視察した岩倉使節団はある日、英国ニューカッスルの大砲工場を見学した。社長が案内に立った。「温温たる老翁にて、容貌(ようぼう)愚なるが如(ごと)し」。 「米欧回覧実記」でそのくだりを読んだとき、好意で便宜を図ってくれ…