アバター

 「優曇華うどんげ)や狐色なる障子紙」(斎藤俳小星)。ウドンゲはクサカゲロウの卵だ。その昔は家の障子や天井で糸の先についた白い小さなだ円形の卵を見つけたものだ。吉兆とも凶兆ともいわれたが、最近は「狐色の障子」ともども、とんとごぶさたである▲この優曇華、インドの古代語であるサンスクリット語でウドンバラという植物を指す言葉から転じた。「阿弥陀(あみだ)」や「菩薩(ぼさつ)」など今に残る仏教語が多いサンスクリットだが、楽器のラッパ、2月を示す如月(きさらぎ)などもそうだという(宮坂宥勝著「暮らしのなかの仏教語小辞典」ちくま学芸文庫)▲「広辞苑」を編んだ新村出博士の説によると「バカ」も、サンスクリットの「モーハ」から転じたそうで、そう聞けばサンスクリットも身近に思えてくる。ついでにいえば「はた(幡)」や「はち(鉢)」といった言葉もサンスクリット起源らしい▲いまインターネットの世界で話題の「アバター」という言葉も、サンスクリット語で地上に降りた神の化身を示す「アバターラ」から生まれた。ネットで他人と交流したり連絡したりする際に画面上に現れる自分の分身キャラクターのことである。顔や髪形、服装などを自由に組み合わせて好みのキャラを作れるのが人気だ▲アバターをコンピューター用語として使い始めたのは米国人、ネットで流行させたのは韓国人である。ネット文化の多国籍性、無国籍性をよく表した話だ。人の心にひそむ分身願望を満たしてくれるアバターが、古代の宗教的世界観を背負った言葉であるのも妙に得心がいく▲ネットの架空の世界を歩き回る「もうひとりの自分」。それを面白がるか、それとも悪夢に似た違和感を感じるか。ちなみにアバターラは仏教で「権化」と訳されてきた。(余録)