バスラーの白い空から

 地球上で観測された1番高い気温は58.8度、玉露茶の適温だそうだから想像を絶する。記録したのが1921年の今日、イラク南部の港町バスラだった。

▼「バスラーの白い空から」*1と題した本がある。元トーメン取締役佐野英二郎氏の遺文集で、その「清冽(せいれつ)な抒情(じょじょう)」(編集した詩人の中村稔氏)が異例の高い評価を得た。表題作で著者は、初の海外出張先バスラで出会ったイラク人、パレスチナ人、アルメニア人、米軍飛行士、悲しむ人、怒る人を「しずかな、あたたかい文章」(作家須賀敦子氏の評)で回想する。

▼「船乗りシンドバッドが真白な鸚鵡(おうむ)をその肩にとまらせながら帆船から降り立った」バスラはフセイン政権下の四半世紀、戦渦に沈んだ。対イラン戦争、湾岸戦争イラク戦争……。そして独裁者が倒れた今も、収まる様子を見せないテロと破壊に苦しんでいる。

▼「ぼくは、いつか必ずあのバスラーに行って(略)あのかなしむ人、怒る人をたずねてみよう。ぼくもまた、今では、充分に悲しく、充分に立腹していると、彼らに告げよう」という佐野氏の望みは戦火に妨げられ果たせなかった。「盛りには50度を超すこともある」炎熱の中で続く暴力が早くやみ国家新生が計画通り進むよう願う。人々の悲しみ怒りも、もう十分だ。
(春秋)

男と男の友情の物語、男と愛犬との出会いと再会と別離の物語。悲しむ人、怒る人との共感の物語。いつかは訪れる死を前に人はその長短にかかわらず、どれだけの記憶を持てるのか。

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