蔭やどり

 東京都心(大手町)で二十日午後、ついに観測史上最高の三九・五度を記録した。日本海側の局地豪雨に都心のヒートアイランド現象。この七月の気象は異常ずくめだ▼午後二時すぎ、山手線のターミナルでは一番暑いとされる新橋駅西口の機関車前広場をのぞいてみた。予想どおり民放テレビ局のスタッフが温度計と熱感知カメラを持ち出して撮影の真っ最中だった。黒い機関車が真っ赤に映し出される。「気温は四三度ですよ」とうんざり顔。温度計をうっかり広場の敷きレンガの上に置いたら五〇度になってしまったとか▼新橋が暑いのは「汐留にできたビル群が海風をふさいだからだ」と週刊誌売りがこぼすが、ビルの壁面や舗装道路からの照り返しに加え、ビル街が吐き出す冷房の排熱もすさまじい。東京電力は午後二時すぎに六千百五十万キロワットと今夏最大電力を記録した▼これらヒートアイランド現象に加えて、この日は越後山脈や中部山岳地帯から乾いた北風や北西の風が吹き込むフェーン現象も起きて、追い打ちをかけた。湿度は26%と低かったのがまだしもだった▼取材から戻った同僚が炎天下で冷房タクシーがなかなかつかまらず、停留所でバスを待つ間に一句ものした。「バスを待つ美女と二人の蔭(かげ)やどり」。「蔭やどり」という季語はないが「片蔭」ならある▼ネットで『増殖する俳句歳時記』を毎日更新している詩人の清水哲男さん、七月の紹介句に「片蔭をうなだれてゆくたのしさあり 西垣脩」がある。蔭からはみ出す頭を低くして行くサラリーマンの自嘲(じちょう)か。(筆洗)