百日紅

サルスベリ 01/8/31

 「散れば咲き散れば咲きして百日紅」とは加賀の千代女の句だ。目を引く花の乏しい盛夏に、サルスベリの花ばかりは100日前後も咲き続ける。中国から日本に入ったのは江戸時代というから、千代女のころにはまだ新参の花だったのか▲サルスベリの名も面白いが、なまけものの木、くすぐりの木、笑いの木など異名も多彩である。春の芽の出るのが遅く、秋には他の木に先がけて葉を落としてしまうので「なまけもの」。幹にちょっと触れれば、枝や花がゆらゆら揺れるので「くすぐり」「笑い」なのだという▲同じようにかすかな風に枝や紅色の花が揺らぐ姿も、木が楽しげに笑っているように見える。サルスベリをやさしくくすぐる風は、酷暑にうだる人間にもうれしい自然の恵みである。東京では4日で真夏日がちょうど連続30日となり、なお当面はこの暑さが続くという▲「風鈴や花にはつらき風ながら」は千代女と同世代の蕪村だ。そのころの風鈴は今のようにサルスベリの花を揺らす程度の風では鳴らなかったのだろうか。チリンチリンと微風を涼やかな音に変えてくれるガラスの風鈴についていえば、まだ当時は高価で、庶民の手に入るようになったのは江戸も末期になってからという▲今年の都心の炎暑は、東京湾からの涼しい海風をさえぎる新築の高層ビル群が一因ではないかとの見方が話題になった。思わずそんな“犯人捜し”をしたくなるイライラも、ひどい暑さのせいだろう。はからずも風の恵みを教えてくれた今夏の東京である▲どんなにビルが大きくとも、空気の流れがすべて押しとどめられるわけではなかろう。かすかな風の音に耳を傾け、花の揺らぎに目をこらし、今しばらくの暑さをしのごう。あさってはもう立秋だ。(余録)