マザー・テスト

 「最も美しい英単語はマザー(母親)」。英国の国際交流機関「ブリティッシュ・カウンシル」が、英語を母国語としない世界の4万人に尋ねた結果だという。以下パッション(情熱)、スマイル(笑顔)、ラブ(愛)と続いたが、70位までにファーザー(父親)は見当たらなかった。

 「マザー・テスト」という言葉が米国にはあるそうだ。戦場などの危険の伴う任務を兵士に命ずる最高責任者は大統領である。もしも兵士が死んだら、大統領は、その母親に何と言うのかというテスト(試練)だ。

 「犠牲者が出てからでは遅い。現地の治安は議員が5、6時間見ただけで分かるとは思えない」。今イラクに派遣されている自衛隊員の母親の言葉だ。これまでの隊員の無事は、いわば薄氷の上の無事で、いつ割れるかと案じられるのだろう。

 政府は、イラク派遣の1年延長を決めた。この基本計画の変更で、現地の治安状況などの諸事情を見極め、「必要に応じ適切な措置を講じる」と追加した。一見当たり前のようにも見えるが、今追加することには、いくつもの疑問がわく。

 必要なら最初の派遣の時から入っているべきものを、今になって加えるのは、派遣延長に反対が強い世論への対応策なのか。この追加がなければ「適切な措置」は講じられないのか。では、これまでの1年は、どうだったのか。

 息子がイラクで戦死した米国の母親の言葉が、この夏に載っていた。「私の人生で最も空虚な手紙だった」。その手紙は、戦死者の遺族に米大統領が送る定型のお悔やみだったという。
(天声人語)