自由を守るために犠牲を払う用意がある

 身代金目的の誘拐事件では、犯人に現金を渡さないというのが捜査の鉄則だ。ひとたび要求を入れたなら、警察は要求に応じるというメッセージを社会に発信したに等しい。同様の誘拐事件が多発することにもなる◆これはテロ対策にも言える。韓国軍のイラクからの撤退要求を韓国政府が拒否したために、テロリストに人質に取られていた韓国人男性が殺害された。遺族には同情を禁じ得ないが、韓国政府は筋を通した◆「イギリスとは取引ができず、寛大さも期待できない」という揺るがぬ意志を、英国のサッチャー元首相は世界中のテロリストに向けて発した。「サッチャー回顧録」(日本経済新聞社)に記している◆一九八〇年、在英イラン大使館にアラブ人の武装勢力が押し入り、人質を盾に立てこもった。最後は空軍特殊部隊を突入させ強行解決したが、要求を入れ、逃すという選択肢は、最初から問題外だった◆テロリストと取引をし、存在を許す国があるから、テロリストが我が物顔に振る舞うようになる。国家でも政治家でも、一般の人でも、どんな苦境に立たされても取引をしてはいけない場合がある◆自由を語るだけでなく自由を守るために犠牲を払う用意がある、その決意を示すことも必要だとサッチャー元首相は言う。イラク情勢を考えると余りに重い言葉だ。 (編集手帳)