異人たちとの夏

 東京・銀座を落語のメッカにしようという「大銀座落語祭2004」が有楽町朝日ホールなど六会場で十九日まで三日間の日程で開かれている▼前売りチケットは完売の人気とか。春風亭小朝さんら「六人の会」の主催で、東西、派閥を超えた百人余の噺(はなし)家らがはせ参じた▼落語と夏の取り合わせでいえば、忘れられないのが山田太一原作、大林宣彦監督の映画『異人たちとの夏』(一九八八年)だ。家庭にも仕事にも疲れた中年の主人公(風間杜夫)が、地下鉄銀座線に乗って降り立った浅草で、ふらふらと誘われるように浅草演芸ホールに入る。そこで死んだ父親そっくりの男(片岡鶴太郎)を見かける▼ともに落語を楽しんだあと、連れ帰られたのは、少年時代に暮らした安アパートだった。そこにはまだ昔のままの母(秋吉久美子)が待っていた。全編を流れるプッチーニのアリア「私のお父さん」。こんなに切ない涙を流した映画はない▼二十六年前に東京転勤となり、真っ先に出かけたのが新宿末広亭だった。テレビでしか見たことがなかった故林家三平師匠が高座にいた。女性客が立とうとすると、悲しそうな声で「あら、奥さん帰っちゃうの」と声がかかる。客は真っ赤になって小声で「トイレです」。寄席とはいいものだと思った▼三平師匠の長男、林家こぶ平さんはいまや古典落語ホープだ。来年三月、祖父の名跡「九代目・林家正蔵」を襲名する。大銀座祭では初日のトップを務めた。異人たち…の風間杜夫さんも柳家花緑さんと共演。落語と夏の不思議な縁を感じる。(筆洗)