日本人のたたずまい

ノリウツギ 01

 日露戦争に出征したロシア人将校、ウラジーミル・フォン・タイルは中国東北部で負傷、日本軍の捕虜となって松山市の収容所に移された。知らせを聞いた妻は夫の看病をするために、ロシアの都から日本に旅立つ◆ソフィア・フォン・タイル「日露戦争下の日本」(小木曽龍・美代子訳、新人物往来社*1は、捕虜の妻が一年半にわたる日本での生活をつづった日記である◆戦争のさなかに交戦国を訪れ、民家を借りて収容所に通う。夫人の度胸と行動力もさることながら、ページを繰る手をしばしば忘れさせたものは、彼女に接した日本人のたたずまいである◆政府は行動の自由を許した。町の人々はお月見や温泉に夫人を誘って慰めた。戦勝の祝賀行列で市内がお祭り騒ぎに沸き立てば、「お国の傷病兵(捕虜)の心を傷つけて申し訳ない」と、県知事が夫人にわびている◆法と礼節を順守する国際社会の一員として世界に認められたい。後発の近代国家として船出した日本人の心模様が、痛々しく、切なく、行間から浮かんでくる◆バグダッドの収容所では、米軍兵士の手でイラク人に加えられた数々の虐待が明るみに出た。兵士に、というよりも米軍の組織に欠けていたものは、国際社会に理解されたいと願う、その切ない心であっただろう。時節柄、物思いに誘う日記である。(編集手帳)

*1:この夫人の日記は、当時の未知の極東の小国日本の発見記であり、ここに登場する礼儀正しく優雅で規律ある、そして伝統的な武士道の面影を残した、旧幕以来の日本人は、現代の私たちにとっても、新たなカルチュア・ショックである。-amazonレビュー