一粒百行

コマクサ 01

 魚を食べるとき、ご飯を一緒に口に含んではいけない。大正生まれの国文学者、故池田弥三郎さんは子供のころ、そうしつけられたと随筆に書いている◆魚に小骨があればご飯も一緒に吐き出すことになる。もったいない、と。「ごはん茶碗(ぢゃわん)には、たべ終えたらお茶を入れ、内側についている粒を洗い落とし、お茶と一緒にのみ下すようにいわれた」ともいう(日本経済新聞社「食前食後」)◆「一粒百行(いちりゅうひゃくぎょう)」という熟語がある。百の作業を経て、ようやくひと粒がつくられる。日本人の主食であるおコメの大切さ、農作業の並々ならぬ苦労を教えた言葉だが、池田家の食事作法ともども、飽食の現代に語られることは稀(まれ)だろう◆今年は国連の「国際コメ年」にあたる。コメ作りから棚田の景観、食生活や食文化などをテーマに、各地でさまざまな催しが予定されている◆地球上には栄養不足に苦しむ人が八億人もいるといわれる。栄養価と収量にすぐれたコメをどう生かすか、“瑞穂(みずほ)の国”の知恵が求められよう。「一粒百行」を思い起こす、いい機会でもある◆稲の青々と伸びた一面の田に風が吹き渡ると、さながら緑の海が波立ったように美しい。「一点の偽りもなく青田あり」(山口誓子)。夏休み、車窓に映る緑の海に、日々の生活で疲れた目を休ませている旅人もいるだろう。(編集手帳)