戦争体験を語り継ぐ

 「わしの分まで生きてちょんだいよォ!」とおとったんは言い残し、炎に包まれた。生きのびた娘は罪の意識に苛(さいな)まれ、幸福をつかみ取ることができない。娘の葛藤(かっとう)が死んだはずの父を甦(よみがえ)らせた▼井上ひさしの戯曲『父と暮らせば』が、黒木和雄監督の戦争レクイエム三部作で同名の映画作品となり、東京・神保町の岩波ホールで上映中だ。宮沢りえ原田芳雄が共演。全編広島弁の軽妙な語り口が、被爆業苦をいっそう際だたせる。満席のホールのそこここで初老の観客たちが何度も静かに涙をぬぐう▼父との語らいの中で、死者とともに生きる道を探り当てた娘。その決意は、しかし戦後五十九年たった現代の日本人に引き継がれただろうか。自衛隊はことし多国籍軍としてイラクに駐留する。甦った戦争にヒロシマの死者たちから静かな怒りが伝わってくるかのようだ▼映画のヒロインと同じ後ろめたさを、演出家村井志摩子さんは共有する。上京中で自分だけ被爆を免れた自責の念は三十三回忌を経てようやく解けた。同級生を訪ね歩き、被爆者の思いを「広島の女・三部作」シリーズなどとして世に問う。一九八四年から毎年八月六日に上演を重ねてきたが、ことしは内輪の集まりにとどめる▼若い世代にいかに戦争体験を語り継ぐか。難しいテーマだが、東京新聞は昨夏から社会面で「二十代記者が受け継ぐ戦争」シリーズを始めた▼ことし三年目の吉田瑠里記者はシベリア抑留を生きのびた兵士を支えたのが「家族のために」という思いだったことをつかみ取り、現場へ戻る。 *1

*1:筆洗2004年8月6日