祈りの道

ガマ 01

 世界遺産紀伊山地の霊場と参詣道」の中心部にある湯の峰温泉和歌山県本宮町)は、小栗判官おぐりはんがん)伝説の舞台として知られる。中世の暴れん坊と妻・照手姫の情愛物語は説経節で流布され、スーパー歌舞伎にも脚色された。異説が多いが、見せ場は共通する▲毒を盛られた小栗は、死のふちからよみがえり、全身が病みただれ視力も失ったまま、木製の車に乗せられ、聖地・熊野を目指す。多くの庶民が功徳を信じ、交代で車を引いた。湯の峰にたどり着いた小栗は、湯を浴びて元に戻る▲神道、仏教、修験道など多様な宗教が共生する熊野は「信不信を選ばず 浄不浄を嫌わず」訪れる者を迎え入れる。交通路が整った鎌倉期以降、病苦や障害を抱えた人々が、霊験と救済をこの地に求めた。難行の旅を、沿道の温かい接待が支えた。熊野は無限の優しさと懐の深さを持つ、心のよりどころだ▲世界遺産登録を記念する特別展「祈りの道〜吉野・熊野・高野の名宝」が10日から9月20日まで、大阪市天王寺区大阪市立美術館で開かれる(その後名古屋、東京を巡回)。社寺に伝わる文化財を通して古代からの信仰と人々の営みを振り返る▲金峯山寺(きんぷせんじ)(奈良県吉野町)の蔵王権現立像は、高さ4・5メートルの巨体を躍らせて、正義の怒りを表現する。手に包み込めるほど可愛らしい黄金の如来坐像は、大峯山寺奈良県天川村)に納められた。はるばる訪れた都の貴族が、来世の幸せを願って、身の回りの貴重品を供えたのだろうか。素朴な祈りの姿にほっと和む▲世界中に渦巻く不信と憎悪が、人間同士のかかわりをとげとげしくし、数多くの悲劇を生んでいる。この機会に、自然を敬い、人を信じて、共に生きていくことの大切さを見直してみたい。(余録)