ザネスの神像

 古代オリンピックの競技場の入り口近くには、かつて16ものザネス(ゼウスの方言)の神像が立っていた。2世紀ローマのパウサニアスは、像には「優勝は金銭によってではなく、脚の速さと身体の頑健さによって獲得されなくてはならない」と刻まれていたと伝えている▲この神像はなんと不正行為を行った選手ら関係者からの罰金によって作られ、奉納されたのだという。対象となったのは紀元前4世紀から紀元2世紀にかけて発覚した八百長事件4件だが、今は台座しか残っていない(桜井万里子・橋場弦編「古代オリンピック岩波新書)▲古代ギリシャの理想復活をめざしてスタートした近代五輪だった。だが、人のやることは変わらない。アテネ五輪の開幕を13日に控えたおりしも、大会招致にまつわる買収疑惑でブルガリアのIOC委員が資格停止となるスキャンダルが伝えられた▲招致疑惑、浸透する商業主義、絶えないドーピング疑惑など、発足当時とは大きく様相を変えた近代五輪が、第1回大会から108年の歳月を経てギリシャに戻る。そのうえテロの警戒も強いられる今回である。国際政治と実は密接にかかわってきた五輪の宿命をも改めて思い起こさせる▲古代オリンピックはなんと1200年近くも続いた。人が陥りがちな堕落や腐敗は、とかく理想化されてきた古代ギリシャでもむろんあった。多くのザネス像の跡は、人間性の弱点をも見すえ、それに対処する知恵の切実なことを伝えてくれる▲「古代オリンピック」によると、その最末期にあたる紀元4世紀の優勝者の名が近年になって新たに約10人判明したという。アスリートの栄光は不朽である。それに比べ、近代五輪はようやくこれから2周目の周回に入るところだ。*1

*1:余録2004年8月10日