関電は放置したという

 人間の知恵がつくりだしたものを挙げてごらん、と父親が言う。息子が数える。「トラクター、チューインガム、バター…まだ知ってるよ、いちばん大きいのを、原子力」◆それだ、と父は教える。石油は乏しくなり、石炭の底も見えてきたが、原子はふんだんにある。「原子の内に神は天地創造以来こんなすばらしい力を隠していたのだ」と◆父の名は「永井隆」。長崎の原爆で妻を失い、自身も被爆し、二人の子供を残して逝った「長崎の鐘」の永井博士である。原子力をめぐる問答は死の病床から世に送った著書「この子を残して」(中央出版社)に収められている◆長崎原爆忌の九日、関西電力美浜原子力発電所福井県)で高温の蒸気が配管から噴き出し、四人が死亡した。放射能は漏れ出なかったが、運転中の原発で複数の死者が出た事故は日本で初めてである◆破損部分は検査の対象から漏れていた。昨年、下請けの点検会社が対象漏れを指摘したが、関電は放置したという。東京電力の「トラブル隠し」で原発に逆風が増した後もいっこうに改まらない緊張感の欠如、感度の鈍さにあきれる◆永井博士は未来に希望を託して息子に語った。「(神は原子の力を)探しだし、取り出し、利用する知恵も人類に与えてあったのだ」と。その知恵が原発の現場には足りない。*1

*1:編集手帳2004年8月11日