「より」をめざす力の激突

カメバヒキオコシ 02

 「より速く、より高く、より強く」。五輪の標語は、もともとは高校のラグビーチームに与えられた言葉だったという。だとすれば、ラグビーが五輪の競技種目から消えてしまったのはファンとしても残念だが、スポーツの世界にもいろいろ歴史のアヤはある▲「速く、高く、強く」といっても人の力だ。たかが知れている−−そういうヘソ曲がりも古くからいた。2世紀ギリシャのある医者は、ゼウスがすべての動物を集めて競技させれば、競走でも格闘でも人間は一人も栄冠を得られない。だから競技は無意味という▲3世紀カルタゴの司教シプリアヌスにいたってはこうだ。「見よ。ひとりの男が裸身で跳ぶ。他の男が力を込めて円盤を投げる。これが何の名誉か。私はこれを愚行と名づける。子供だましの意味ない遊びがあるだけだ。キリスト教信者はこの中身のない、無意味な見せ物を避けよ」▲スポーツ嫌いにも言い分はあろう。ただ五輪標語の核心は「速く、高く、強く」ではなく、その前の「より」、つまり目に見えない高みへ向かう人間精神の動きだろう。でなければ、目もくらむ栄光や、魂を揺るがす感動、そして語り継がれる物語の数々が“無意味な遊び”から次々に生まれるはずがない▲史上最多の202の国・地域から選手が集うアテネ五輪の開会式が、日本時間のあす未明行われる。式に先立って競技の開幕を告げた女子サッカーでは、日本チームの白星発進といううれしい知らせも届いている▲「より」をめざす力の激突が生み出す100分の1秒の時間差、微妙な身体のキレ。そんなわずかな時間や空間のすき間にこそスポーツの神様は降り立って奇跡をなす。この17日間、私たちはいったいどんなドラマを目にするのだろうか。(余録)