オリーブの小枝

キョウチクトウ 01

 オリンピックの開会式の主役は、もちろん選手たちである。その選手たちが「点火の時に鳥肌が立った」と述べた聖火の役回りも大きい。しかし、アテネの開会式では、オリーブの存在が大きく見えた。

 無数の小枝となって人々にうち振られ、大会のシンボルとしてはためき、時には中空を漂った。オリーブが象徴するものと、今の世界との間を考えさせるものがあり、式典に落ち着きを与えていた。

 オリーブは、ギリシャでは聖なる樹木であり、その小枝は平和の象徴だった。それを踏まえて、辻邦生さんは『橄欖の小枝』(中央公論社)で、トーマス・マンルーブル美術館で得た感想を引いている。「やれやれ、人間というものは! 人間は罪を犯した。畜生のように振舞った。何世紀もずっとお互いに殺し合った。――そしてその間に常にこうした芸術作品を作り出したのだ」

 精神の純粋結晶のように見えるミロのビーナスなどの傑作も、実は、虐殺や征服や暴力などを呼び出す激情的本能を、同じ母胎にして生まれている――。オリーブの小枝とは、芸術家の内面の闘争の激しさへの暗示であり、激情を浄化した高らかな歌でもあると辻さんは書いた。

 国境を越えて、アテネの開会式に集った選手たちの顔は輝いていた。イラクの選手団も行進したが、本国では激しい戦闘が続く。

 今日は、日本の敗戦の日である。征服や暴力の横行によって59年前のあの時へと至った道を、問い返す日だ。地上に争乱をもたらす激情的本能を鎮めるオリーブの小枝の歌に、耳を澄ませたい。
(天声人語)