「守・破・離」

 「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」。世阿弥の「風姿花伝」にそうある。つまり諸道それぞれ家に秘伝があるのは、秘密にすれば神秘的効果が生まれるからだというわけだ。何かだまされた気がするが、だましてでも「花」を追い求めるのが芸というものだろう▲ただ「お家芸」という言葉がよく使われるのは、ずっと後の江戸の歌舞伎でのことだ。七代目市川団十郎はそのお家芸十八を集めて歌舞伎十八番と称した。自家の得意芸を歌舞伎全体を代表する演目として定着させたのだから団十郎の勢威はすごい▲そんな「お家芸」というやや古めかしい言葉が連日、新聞やテレビにあふれている。アテネ五輪での柔道、水泳、体操といったかつての日本の得意種目でのメダルラッシュのおかげだ。いずれも長い低迷をくぐりぬけて一気に花開いただけに、メダリストたちには失礼ながら「うれしい誤算」との声も聞かれる▲技芸の継承といえば、世阿弥の「序・破・急」に似た言葉で「守・破・離」がある。茶道の修業の3段階を示すもので、江戸中期の茶人である川上不白の言葉という。不白は茶の湯を志す人には身分貧富にかかわりなく奥義を教えた人だった▲最初は先人の教えを忠実に守る「守」の段階、次いでそれに自分の個性を加えていく「破」、最後は自在に新しい境地を切り開いていく「離」というわけだ。この言葉はその後、当時のスポーツともいえる武道の世界にも大きな影響を与えている▲世界最高レベルの戦いを勝ち抜いたアテネのメダリストたちは、すでに「離」の境地に至ったといえるだろう。あとは心のおもむくままに個々の自分のスタイルを追い求めてほしい。それが続く世代の目標になれば「お家芸」は安泰である。(余録)