帝釈天の門前

ヒガンバナ 01

 俳優の渥美清さんは「風天」という号で俳句を詠んだ。映画の役柄、フーテンの寅さんにちなむという。「ゆうべの台風どこにいたちょうちょ」。やや破調ながら、旅先の道端で寅さんが語りかけているような趣がある◆秋の蝶(ちょう)には舞う姿にどこかしら必死の営みが感じられて、見る者の哀れを誘う。今年は東京や大阪で真夏日の年間記録が更新される一方、大型の台風が続々と上陸し、寅さんならずとも「ゆうべ、どこにいた」と問いたくなる暴風雨が襲った◆きょうの秋分を過ぎて日はいよいよ短くなっていく。青函連絡船を沈めた洞爺丸台風、五千人を超す死者が出た伊勢湾台風など、甚大な被害をもたらした秋分過ぎの台風も多い。どうか穏やかに季節の更けていくことを◆蝶の句に誘われて東京・柴又を歩いた。駅の改札を出たところに寅さんの像がある。おなじみの旅姿、駅に向かう足を止めて振り向いたポーズに、「とめにくるかと後(あと)ふり返りゃ、誰も来ないで汽車が来る」――主題歌の一節を思い浮かべた◆人通りの多い帝釈天の門前から、「葛飾柴又寅さん記念館」に歩く道すがら、秋の蝶は見かけなかったが、腹から尾にかけて淡い紅色に染まったトンボが二匹、三匹と飛び交うのに出会った◆風天には、「赤とんぼじっとしたまま明日(あした)どうする」という句もある。(編集手帳)