火と時間との織りなす物語

ハゲイトウ 01

 日本の各地で産出されてきた木炭が並べられた棚の中から、係の人が、小さな箱を取り出してきた。「日本最古ノ木炭」と書かれている。上ぶたのガラス越しに、細長くて透明な容器が見える。その中には、縦横が1センチほどの黒いかたまりがあった。

 箱を展示している東京・銀座の「全国燃料会館」の言い伝えでは、石器や骨器などとともに、西日本の洞窟(どうくつ)で見つかったものだという。年代は不明だが、この小指の先ほどの墨色のかけらから、人と火と炭との長い付き合いが、しのばれた。

 炭は、一時は身の回りから姿を消しかけたが、近年は高級な燃料などとして重用されている。かば焼きや焼き鳥などに使う炭の多くを頼ってきた中国が、輸出の停止を打ち出した。森林開発を制限するためという。仕方のないもので、手に入りにくくなると聞くと、見直したくなる。

 俳人中村汀女さんに、炭についての随筆があった。火鉢をかたわらに置くと、火の表情が、しきりに気にかかるという。「私は軽い小火鉢が好きだ。細る炭火の柔らかさ、人を案じ、たとえ涙ぐむことがあっても、炭火はそれも受けとめている。/小火鉢を寄せぬ心を寄す如く」

 漆黒の炭が、赤く燃え上がり、やがて白い灰となってくずれる。ガスや石油を使った時には見られないような、火と時間との織りなす物語を、炭の世界では見ることができる。そして、火のかたわらにいる人たちに、遠い時や、遠くの自然というものを感じさせる不思議な力がある。

 炭の香に待つことしばしありにけり(日野草城)
(天声人語)