集団自殺

ジンジャー 01

 「ころは十月十五夜の月にも見えぬ身の上は、心の闇の印かや。今おく霜は明日消ゆるはかなき譬(たとえ)のそれよりも先へ消え行く……」。浄瑠璃「心中天の網島」の道行名残の橋づくしである。きょう10月14日は、享保5(1720)年にそのモデルとなった心中が大阪・大長寺であった日という▲天満の紙屋治兵衛と遊女小春の心中は、治兵衛の妻おさんへの小春の義理や、兄孫右衛門の治兵衛への慈愛をからめて描かれ、近松門左衛門の世話物の最高傑作とされる。二人の情死は、義理と人情が入り組んだ濃密な人間関係に取り巻かれている▲「何か嘆かん、この世でこそは添わずとも、未来は、いうに及ばず今度の今度、ずっと今度のその先の世までも夫婦ぞや」。共に死ぬ二人はこの世を捨てねば成就できぬ強く激しい愛情で結ばれていた。むろん作り事だが、観客はそこに人間の真実を見たのだ▲インターネットの自殺サイトで仲間を募集したとみられる集団自殺が相次いだ。こちらは見も知らない者同士が、「自殺する」という一点で協力しての集団行動である。そこには共通の人間関係はもちろん、共有する思い出や感情もありはしない▲自殺志願者の間では、その方法についても情報が広がっているらしい。その死への手順をひとつひとつ一緒にたどっていった自殺者の間では、死を共にすることについてどんなやりとりが交わされたのか。「ずっと今度のその先の世」までの魂の救いについて何か語られたのだろうか▲近松の心中物と違って、ネット集団自殺が心をざわつかせるのは、その背後に深く暗い虚無を感じるからだろう。そんな虚無が、いつから私たちの社会に巣くっていたのだろう。重苦しいが、目をそむけられない現実である。(余録)