絶対的弱者を追い込まない努力

トウワタ 02

 『ジャッカルの日』のフレデリック・フォーサイスが久々の長編『アヴェンジャー』(上)(下)(角川書店)を出した。米国を対テロ戦争の泥沼に引きずり込んだ9・11を作家はどうとらえるか。その「答えのひとつがこの作品だ」と訳者の篠原慎さん(本紙十四日付夕刊)▼アヴェンジャーとは復讐(ふくしゅう)者の意味。ボスニア紛争で難民の子供救援に向かった孫を惨殺されたカナダ人の富豪が、犯人は民族浄化の先頭に立ったセルビア私兵のボスだったことを突き止め、ベトナム戦争の英雄だった元特殊部隊員にボスの捕縛を依頼する▼その追跡劇の遠景に、アルカイダとCIAの対テロ工作が置かれる。篠原さんは9・11に至る過程で「アメリカの情報共同体が露呈した、官僚体質ゆえの縄張り意識や功名争いの実態と、事件後に抱いたに違いない無念の思いが如実に伝わってくる」と語る▼作中、フォーサイスが英国の老諜報(ちょうほう)部員に「安全を守ってやるから憎悪される」「人が恩人に対して抱く嫌悪感ほど激しいものはない」と語らせる逆説的な米国論は印象的だ▼9・11ではテレビ・キャスターの田原総一朗さんがインタビュー集『連合赤軍とオウム わが内なるアルカイダ』(集英社)を出した。特攻隊に憧(あこが)れた自身の少年期と、取材で知った連合赤軍オウム真理教アルカイダ自爆テロ戦士たちの心情を重ねる▼若者の生真面目(きまじめ)や理想が大量殺戮(さつりく)の殺意に変わるメカニズムの中で自爆テロは生まれる。この絶対的な強者への異議申し立てに、絶対的弱者を追い込まない努力が必要だと。(筆洗)