世事見聞録

サルナシ 01

 いつの世にも社会の裏側を知り悲憤慷慨(ひふんこうがい)する人がいる。文化年間というから今から200年ほど前、江戸時代も爛熟(らんじゅく)期に武陽隠士(ぶよういんし)の匿名で「世(せ)事見聞録(じけんぶんろく)」を著した武士もそうした人だ。例えば業者と癒着した役人の様子を次のように書いた。

▼「作事普請そのほか請負ひ事も口々より入札などいふものを取り、直段(ねだん)の高下を吟味して申し付くる事にて、表向きの吟味は殊(こと)のほか厳重にて、内証はみな商人仲間・職人同志馴(な)れ合ひて、力づくと唱へて誰が落札になるやうとかねて取り扱ひ……また懸(か)かりの役人も……悪しき仕組をも知らぬかほして済ますなり」

▼ちっとも変わっていないではないか。新潟地検が昨日、公共工事の入札で予定価格を業者に教えた新潟市の幹部職員を逮捕した。カラスの鳴かぬ日はあっても談合情報が流れぬ日はないが、摘発されるのは氷山の一角。多くは官の関与が疑われるのに罰せられるのは業者ばかりだった。その官の虚構にメスが入った。

▼「世事見聞録」はさらに続ける。まれに律義な役人がいても仲間はずれになり仕事にならない。厳密にやる人は恨まれ、邪魔され、上に告げ口されるので、仲間を気にして律義者も私欲者に成り果てると。まさか、現代の公務員が200年前ほど腐敗しているとは思わないが、検察の断に縮み上がった輩(やから)もいるはずだ。
(春秋)