キノコの正体

エノキ 02

 「こっそり秘密の物を見付けた心躍りといったが、きのこはなんとなく遥かな気分をもたらすのである」。山からキノコを採って帰るときのことを、歌人前登志夫さんがそんなふうに描いている(「月夜茸」)。
 宝物を掘り当てたような高揚である。美味、しかしひとつ間違うと毒におかされる危険もつきまとう。最も毒が強いキノコの一種ドクツルタケを英語でデストロイング・エンゼルという。真っ白で典雅ともいえる外見だが、食べるとコレラに似た症状を起こし、死亡率は70%といわれる。まさに天使の顔をして破滅をもたらす。
 「くせがなく爽(さわ)やかな味である」「香りは少ないが、味には癖がなく口あたりがよい」。図鑑などに見るスギヒラタケの説明である。白くて可憐(かれん)にも見えるこのキノコだが、ひょっとして毒キノコに変身したのだろうか。
 腎臓機能に障害のある人が急性脳症で死亡する例が相次いだ。多くの人がスギヒラタケを食べていた。東北や北陸地方では、好んでよく食べられるキノコだ。因果関係があるのかどうか。謎は解明されていない。
 死には至らなくても、この秋も大勢の人が毒キノコで中毒症状を起こした。ほとんどがツキヨタケによる。暗いところでは青白い光を発するキノコだ。吐き気、腹痛などで苦しむ例のほか、見るものすべてが青白く見えた、目の前をホタルが飛び交うように感じた、という体験談もある。
 キノコの正体についてはわからないことが多い。〈夜を光る月夜茸(つきよだけ)にしきりに逢ひたくてむささびどもは出でてゆくらむ〉斎藤史
(天声人語)