歴史を刻む墓碑

イノコズチ 01

 時に、公園のような広い墓地を通る。桜の開花、枯れ葉の舞、そして静かな冬枯れと、季節につれて木々の表情は大きく変わる。変わらないのが墓石だが、中には、崩れたり、欠けたりしている墓もある。墓場は、忘れられない人と忘れられた人を抱いて、時を重ねている。
 忘れられるどころか、触られたりこすられたりして光を放つ墓が、パリのペールラシェーズ墓地にあるという。墓の上に仰向けになった端正な青年のブロンズ像がある。ここ数年、触ると新しい恋が始まるといった「効能」が広まって、顔や足先がこすられている。
 やはり、さすられた足先が光っているのは、ローマ・バチカンにある大聖堂の聖ピエトロ像だ。人々が繰り返し触ってきた右足の先のところがすり減っていて、聖堂の長い歴史を感じさせる。
 数年前、東京のJR小岩駅にある元横綱栃錦のブロンズ像の手の先が妙に光った写真が載った。できてから十余年の間に、乗客やファンや酔客にさすられ、握手されて、こすれた。このようにして形が変わる像は多いのだろう。祈りや願いが小さな光となって、そこに現れているかのようだ。
 パリに横たわっている青年は、ナポレオン3世の帝政を批判した新聞の記者で、1870年、3世のいとこに射殺された。22歳だった。その死の翌年、市民がパリ・コミューンを樹立する。しかし間もなく、政府軍に追いつめられた。そして、最後の拠点となったペールラシェーズ墓地の壁の前で次々に銃殺された。
 墓地そのものが、歴史を刻む墓碑になっている。
(天声人語)