天高く馬肥ゆる秋

 中国の故事が日本に伝わり、本来の意味とは違った用いられ方で定着した慣用句がいくつかある。辺境から異民族が馬で襲来する季節に、迎え撃つ側が警戒を呼びかけた「天高く馬肥ゆる秋」は、なかでも知られている。
 血なまぐさい緊張感をきれいに洗い落とし、“食欲賛歌”とでもいうべき心地よい言葉に消化した日本人は、どこか暢気(のんき)で、お人よしかも知れない。
 その心性は遠い故事を引くまでもなく、中国向けの円借款(昨年度967億円)を見ても分かる。日本の援助に資金繰りを助けられてだろう、中国は毎年二けた台のペースで軍事費を増やしている。
 日本にすれば、金は出ていく、軍事的な脅威は増す。いいことはない。参議院が対中円借款の廃止・縮減を求める調査報告書をまとめた。お人よしの援助を見直す動きは、遅きに失したとはいえ当然である。
 中国海軍に所属するとみられる原子力潜水艦が日本の領海を侵す事件が起きた。「おかげさまで領海侵犯ができるほど軍事力が整いました」とお礼参りに来たようにも見えないが、迷惑な話である。
 故事と違って攻め寄せては来ないにしても、馬ならぬ潜水艦や軍艦、戦闘機などを肥やす隣人がいるのは気味の悪いものである。ましてその手伝いをさせられるのでは馬鹿(ばか)らしい。いつまでもお人よしでいられない。
(編集手帳)