平成の台風ラッシュ

マユハケオモト 02

 比叡山の東塔にあった巨大な鐘が大風に飛ばされ、転がる先の僧坊を壊しながら谷底に落ちていったという話が「今昔物語」にある。永祚(えいそ)元(989)年8月13日とあるから、気象史上に名高い平安時代最大の台風の時らしい▲この折、宮城や寺社の多くが倒壊、鴨川の堤防も流損して出水した。畿内では洪水や高潮で人家や田畑が水没し、かつてない数の死者がでたという。人々はよほどその猛威に恐れおののいたのだろう、「永祚の風」としてその後も長く語り伝えた▲野分きの翌日の風情をめでた清少納言や、激しい野分きで荒れた光源氏の邸宅を描いた紫式部も、年代的にはこの台風を体験していておかしくない。気象史の先駆者の田口龍雄の調査によると、2人が生きた10世紀から11世紀は京都を襲った台風が非常に多かった時代だったようだ▲そんな古い過去にもおそらく例がなかったであろう、立て続いての台風の来襲が止まらぬ今年である。10月も下旬だというのに、とうとう今年10個目が列島を通り抜けた。しかも過去10年で最悪となる死者・行方不明90人近い被害を残した台風23号だった▲思わぬ犠牲者を出した背景には、防災技術に慢心して台風の怖さを忘れていた日本人の油断があったのではないか。「日本人を日本人らしくしたのは学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よく続けられてきた災難(から学ぶ)教育であった」という寺田寅彦ならば日本人の変わりようを嘆いたかもしれない▲自然の力の前で小さな人間が抱くおそれの気持ちと、野分きの風情すら楽しむ心とは、ともに古き良き「日本人らしさ」を形作ってきた。これから長く記憶されそうな平成の台風ラッシュだが、日本人の心に何を残すのだろう。(余録)